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東京高等裁判所 平成7年(行コ)32号 判決

控訴人(原告) 趙南

被控訴人(被告) 法務大臣

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し、平成三年三月七日付けでした難民の認定をしない旨の処分を取り消す。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二事案の概要

事案の概要は、当審における主張を、次のとおり付加するほかは、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」欄記載のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決五丁裏末行「時点」を「か否か」と改め、同七丁裏四行目の末尾に「中国政府は、天安門事件における民主化運動勢力に対する苛烈な弾圧が国際世論の批判を受けたため、平成元年末から平成二年秋ころまでは民主化運動勢力に対し、融和的な政策をとっており、また、当時の政治情勢からして中国の政治体制に根本的な変動が生じる可能性もあった。したがって、控訴人は平成二年秋までは、抽象的には中国政府から迫害を受ける可能性を認識していたものの、帰国しても迫害を受けないと考えていた。しかしながら、中国政府は、同年一一月以降、民主化運動の平和的活動家に対する起訴を開始し、この時点で控訴人は中国政府による迫害を具体的に認識した。」を加入する。)。

一  控訴人の主張(難民認定手続における事実調査の違法)

難民条約、難民議定書は難民に対して必要な保護を与えることを締約国に義務付けており、法六一条の二の三は被控訴人において適正な難民認定のための事実調査ができるとしているから、被控訴人は条約、法により適正な難民認定をする義務を負っているというべきである。ところで、本件において、控訴人の難民認定申請について、大阪入国管理局の勝田難民調査官が事実調査に当たったが、同難民調査官は難民調査官として必要な研修も受けていないなど資質に疑問があるのみならず、事実調査も申請期間内の申請であるか否かの調査しかせず、肝心の難民該当性についての調査をしなかった。しかも、その調査も法律用語を用い、抽象的な問いを重ねるのみであったから、同難民調査官の調査は適正な難民認定を確保するための事実調査としては不十分、不適性である。したがって、右調査に基づき被控訴人がした本件処分には瑕疵があり、取り消されるべきである。

二  被控訴人の認否、反論

勝田難民調査官は、控訴人の事情聴取を一問一答形式で、控訴人の納得が行くまで質問を繰り返すなど慎重に対応し、控訴人の意思を十分に反映した調査をした。調査の内容においても、同難民調査官が作成した調書は控訴人自らが提出した書面と内容的にも一致しており、その調査に不十分、不適性な点は認められない。したがって、本件処分に瑕疵があるということはできない。

第三争点に対する判断。

争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決事実及び理由「第三 争点に対する判断」欄の説示と同一であるからこれを引用する。

一  原判決一三丁表四行目から同一四丁裏八行目までを次のとおり改める。

「1 法六一条の二第二項は、本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日から六〇日以内に難民の認定の申請をしなければならないとしている。これは、申請者が申請期間内に申請をすることを、難民認定を受けるための手続的要件としたものであるが、その趣旨は、難民となる事由が生じてから長期間経過後に難民の認定が申請されると事実の把握が困難となり、適正な難民認定ができなくなるおそれがあるので、我国の庇護を受けるべく難民認定の申請をしようとする者は速やかにその申請をしなければならないことを定めたものと解される。また、申請期間を「その事実を知った日」から進行させているのは、難民となる事由が生じたことを知らない者について、申請期間の進行を開始することはできないという当然の理によるものであることは明らかである。ところで、法、難民条約及び難民議定書は、難民とは、人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、国籍国の保護を受けることができないもの、あるいは、保護を望まないものとしているから、法六一条の二第二項の「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」というのは、本邦にある間に、人種、宗教、政治的意見等を理由に本国において迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖が生じた者ということになる。右のような申請期間の設置、起算日の定めの趣旨、「本邦にある間に難民となる事由が生じた者」の意味内容を総合すると、法六一条の二第二項の「その事実を知った日」とは、自分が迫害を受けるおそれがあり、かつ、それにより難民認定を受け得るという認識を有するに至った日と解するのが相当である。難民としての庇護を求めようとする者に対し速やかに難民認定の申請をするよう求めるのが申請期間制限の趣旨だからである。控訴人は、「その事実を知った日」とは、申請者について難民となる事由が客観的に生じ、かつ、その事実を申請者が認識した日のことをいい、したがって、「その事実を知った日」を判定するためには、前提として、難民となる事由が客観的に生じていることを判断することが不可欠であると主張する。しかしながら、法六一条の二第二項は、前記のとおり、難民となる事由が生じてから長期間経過後に難民の認定が申請されると事実関係の把握に困難が生じることから、適正な難民認定を行うため申請期間を制限したものであり、申請期間内の申請であることが認められた場合に初めて申請者が難民に該当するか否か、すなわち、難民条約一条に定める迫害を受けるおそれが認められるか否かという実体的な判断をするものと解すべきところ、仮に、控訴人が主張するように、申請期間の起算日を判断する前提として申請者について難民となる事由が生じたか否かを判断しなければならないとすれば、難民となる事由が生じてから長期間が経過し、かつ、申請者においても難民となる事由が生じたことを相当以前に認識していた場合であっても、難民となる事由が客観的に生じているか否かについての事実関係を把握しなければならないことになり、同項の趣旨が没却されることになるから、右主張は採用することができない。また、控訴人は、難民となる事由を「知った」とは、申請者が単に主観的な危惧や抽象的な認識を有しただけでは足りず、難民となる事由が生じたことについて、難民の認定の申請が可能な程度に、具体的、客観的な資料に基づいて現実に知ったことをいうものと解すべきであると主張する。しかしながら、法は申請期間の起算日については単に「知った日」と定めるのみであり、知った根拠となる資料や認識の程度について特段の規定を設けていないことや、実質的にみても、迫害を受けるおそれがあるか否かは本人が最も良く知るところであるから、「知った」程度について特別な要件を設けることは不必要といえ、右主張も理由がなく採用できない。

2 そこで、控訴人にとって「その事実を知った日」はいつかについて検討する。」

二  同一六丁裏末行の次に行を改め「(4) 控訴人は、昭和五三、五四年ころ、北京で「四五論壇」、「探索」と称する中国政府に批判的な雑誌の出版、編集に関与したが、右雑誌における中心的人物は逮捕され、また、控訴人も昭和五七年には逮捕され、二年間「労働キャンプ」に収容された。平成元年四月から六月にかけていわゆる天安門事件が発生したが、その際我国に在留していた控訴人は、中国政府の方針を批判する宣伝活動を行い、以後、一貫して中国政府に対する批判活動を続け、現在、我国に留学している中国人留学生のうち中国政府に批判的なグループの中心的な人物となっている。」を加入する。

三  同一七丁裏末行から同一八丁表四行目までを「以上によれば、控訴人は、平成二年七月又は遅くとも九月の時点で既に雑誌記事その他から、迫害を受けるおそれがあり、かつ、それにより難民認定を受け得る地位にあることを認識していたと認めるのが相当である。」と改め、同二四丁表一行目「見当たらない。」の次に「もっとも、本邦にある間に難民となる事由が生じた者については、迫害をおそれて既に本国を離脱して本邦に入国した者よりも、難民認定申請をするか否かを検討する時間が多く必要ということはできる。しかし、本国を離脱して本邦に入国した者と同様に申請期間を六〇日間と定めることが立法裁量を逸脱しているとまではいうことができない。」を、同二四丁裏三行目「いえないし、」の次に「法六一条の二第二項ただし書にいう「やむを得ない事情」を前示のように制限的に解する結果、申請期間の制限が柔軟性に欠けるものとなったとしても同様であり、」を各加入し、同二五丁表八行目から同丁裏二行目までを削除する。

四  当審における控訴人の主張に対する判断

甲六七、九一号証、証人勝田健三の証言及び控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人は平成二年九月末ころ、京都大学のフランス語教師であるクリスティン・ラマールに我国における在留についての不安を相談したところ、本国で迫害を受けるおそれがあるという中国人留学生等の相談にあずかってきた小野誠之弁護士を紹介され、同年一〇月二日、同弁護士のもとを訪ね、相談したこと、相談内容は同年九月二七日に在留期間が満了するので、更新を申請しているが、天安門事件等に関し中国政府を批判する活動をしてきたことから帰国することに不安があるというものであり、これに対し、小野弁護士は将来的には難民認定申請も有り得ると考え、控訴人に対し、民主化運動を行ってきた証拠となる論文、新聞記事を集めるよう指示したこと、同月二〇日、控訴人、ラマール、小野弁護士は会議を開き、小野弁護士は控訴人からこれまでの活動について説明を受け、更に資料を整えるよう指示したこと、同月二五日に在留資格変更申請が却下され、出国準備の短期滞在の在留になったのち、更に資料を整え、同年一二月六日、控訴人は小野弁護士、ラマールとともに大阪入国管理局に赴き、難民認定申請をしたこと、勝田調査官は右申請に関する書類を検討し、難民となった事由を知った時期が明確でなかったので、小野弁護士とラマールに対し、右の時期を明らかにする書面の提出を求め、小野弁護士はこれに応えて書面を提出したこと、平成三年一月三〇日、勝田調査官は控訴人から事情聴取をしたが、その際、控訴人の日本語力が弱いので通訳を付し、事情聴取は午前一一時から午後五時まで途中一時間の休憩を挟んで五時間にわたったこと、控訴人は勝田調査官の質問に対し、慎重に対応し、何度も聞き返しながら応答したこと、調査は申請期間に絞られて行われたこと、勝田調査官により作成された調書の内容は控訴人が提出した書面と一致していることがそれぞれ認められる。右認定の事実によれば、控訴人は、弁護士と打ち合わせ、資料も整えたうえで、本件難民認定申請をしており、勝田調査官の事情聴取も時間をかけて慎重に行われ、ほぼ、控訴人があらかじめ準備した書面と同一内容の供述を得たのであるし、勝田調査官の調査に特段不十分な点があるということはできない。控訴人が縷々主張する点は、「難民となる事由を知った日」についての控訴人の主張を前提に勝田調査官の認定判断が誤っていると主張しているに止まり、勝田調査官の調査には何ら不十分、不適性の点は認められない。以上により、当審における控訴人の右主張も理由がない。

第四結論

よって、原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡邊昭 河野信夫 山本博)

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